じゃんく日誌

おじさんのじゃんく日誌、ラジコン飛行機中心の覚え書、ジャンクのCDROMドライブをかき集めてはばらし続けて100台以上って異常?小型機体、小型モーターの自作に執念を燃やします。

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ただの思い出

電動ミシンは怖い?

 

 中学から高校生の頃、もう30数年前、ラジコンがしたかったが無理だった

 札幌市内の街場の自宅から自転車を走らせ1時間の所で(今は立派な繁華街)

 有名なRCクラブのおじさん達が60スタント機(今でも格別の響き)をビンビン飛ばしていた

 デボネアドルフィン素敵だった、

 名前は忘れたが尾翼に丸に七と書いた松井勲氏の機体も良かった



 毎週毎週、見物に通ってるとエンジン始動の補助などをやらせてくれるようになった

 似たような子供たちの間では出世したようでちょっと嬉しかったものだ



 もの凄い高速で飛行する”60スタント機”がしばしばひらひらとはたまた猛速で垂直落下、墜落した

 その頃その地帯は工場地帯でその中の一つの工場には電動ミシンが沢山ならんでるんだと

 で、その工業用ミシンの”デンパ”でヒコーキが落ちるのだと



 それ以来、”電動ミシン”は私の中で怖い物になった

 そして”60スタント機”も怖いもの



 ある日、飛行場に行くとスタント大会をやっていて常連小僧の私はいそいそと手伝いをした

 思えばのどかな時代

 

 コンテスト終了後、記念撮影があり私はちゃっかりとその中にいた

 古いラジコン技術をめくると旗を持った私がいまだ変わらずそこに居る









着陸のときに思いっ切りダウンを打つ模型屋のおやじ

 

  高校生になり長年貯めたこずかいでやっとラジコンを始めた

  学校のそばに小さな模型屋さんがオープンしそこの常連となった

  同級生の友人も一緒だった

  先に揃えてあった機体一式におやじさんは事の他冷たいと言うことを察知した二人は

  そこの模型屋さんでファイター300をお揃いで買ったのだった、かなり無理をしたと思う

  エンジンだって35だもの、高校生のこずかいじゃそうそう買えないのよ

  絹を買うお金が無いから障子紙を貼ったもの



  それからは足の無い高校生は飛行場まで車に乗せていって貰える待遇になったのだが

  二人羽折の練習を経てだんだん落とさなくなると事件は起きるのだ



  今日は風が強いから着陸を替わってあげるねと親切に言ってくれるのだが

  かならず着陸失敗、小破、中破、大破

  バルサ、接着剤、パーツ、キット、ご購入となるのだよ

  他の模型屋さんで調達しようものなら

  [あれぇ~そんなのウチで扱ってたっけ?]と嫌な顔



  ある日友人のボロボロのファイター300が着陸侵入、不自然な事故・・



  私は見てしまった

  おやじがしっかりフルダウン打つ所を・・・

  

  自然と足が遠のき、ラジコンからも遠ざかってしまった

  卒業し数年して近所を通りがかったが既にその模型屋は無くなっていた

  

  おやじ、まだ生きてるかい?



  お陰様で虎馬で、、特定の模型屋さんに通いたくない,模型屋さん色の濃いクラブに

  入りたくない人になっちゃった



  今は良い時代だよ  ネット通販で何でも手に入る、外国からだって

  電動プレーンが良く飛ぶよ~  体育館で飛ばしちゃったりもするんだよ

  

  生きてたら一緒に飛ばそうよ

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